現地時間3月25日、カリフォルニアのスティーブ・ジョブズ・シアターにて開催されたスペシャルイベントで、Appleから数多くの新サービスが発表されました。すでに各所で報じられているように、情報が公開されたのは主に以下の4コンテンツです。コンパクトにまとめてみましょう。

Apple News+(日本展開予定なし)

月額10ドルで300以上の雑誌と、新聞のコンテンツが1つのアプリで読み放題になる。配信される内容は紙媒体と同じ内容。ファミリーシェアリングも可能。

 

参照: https://iphone-mania.jp/news-243457/

Apple Card(日本展開予定なし)

ゴールドマンサックス、マスターカードと提携したクレジットカード。Apple Payに対応した店舗やオンラインショッピングで使用可能。非対応の店舗では普通のクレジットカードとしても使える。”Daily Cash”と呼ばれるキャッシュバックサービスもあり、Apple Payで支払うと2%のキャッシュバック、Apple製品の購入では3%のキャッシュバックが得られる。Walletアプリと連携して使用状況のモニタリングも。

参照: https://qetic.jp/technology/applecard-190328/312452/

 

Apple Arcade(日本公開は今秋)

ゲームのサブスクリプションサービス。iPhoneやiPad、Mac、Apple TVでプレイできる他、デバイスを切り替えての中断箇所からのプレイやオフラインでもプレイが楽しめる。オリジナルの独占コンテンツを配信する。

参照: https://www.apple.com/jp/newsroom/2019/03/apple-introduces-apple-arcade-the-worlds-first-game-subscription-service-for-mobile-desktop-and-the-living-room/

Apple TV+(日本公開は今秋)

動画のサブスクリプションサービス。こちらもオリジナルコンテンツが公開される予定。動画は「Apple TVアプリ」の中で提供され、このアプリはiOS端末やMacの他、SamsungやSonyのスマートテレビ、そしてFire TVなど他社のハードウェアにも対応する。

参照: https://www.apple.com/jp/newsroom/2019/03/apple-unveils-apple-tv-plus-the-new-home-for-the-worlds-most-creative-storytellers/

 

各サービスの機能の詳細については詳述している記事がたくさんありますので、GIZMODOの記事などをご覧下さい。今回の発表はおおむねエンドユーザーには好意的に受け止められていますが、マーケターにとっては果たしてどのような意味を持つのでしょうか。本記事では、今回のAppleの新発表をユーザー視点ではなく、マーケター向けの角度から考えてみます。発表されたサービスや製品にまつわる情報を起点に、企業自体の戦略が今後どうなっていくのかも含めて、Appleのこれからを予測してみましょう。ポイントは3点にまとめてあります。

iPhone売り上げ低下により脱ハードウェアの流れが加速!「サービス」提供会社に。

まず最初のポイントは、今回の発表ではハードウェアの発表が一切なく、全てサブスクリプションなどの「サービス」の告知であったということです。新製品の発表を予測していたユーザーは肩透かしを食らった気分でしょうが、実はこの流れは最近始まったことではありません。

Appleの全収益で考えた場合、「サービス」の占めるウェイトはここ数年、徐々に増え続けています。下のグラフはiPhoneの売り上げ以外の収益を比較したものですが、MacやiPadの売り上げが頭打ちになっている一方で、Apple MusicやApple Payなど「サービス」の占める割合は堅調に伸び続けています。さらに、iPhoneの売り上げも実は低下傾向にあり、最新の四半期レポートでは、iPhone販売による収益は前年比約15%低下したと報告されています。

年別の「iPhone以外」での収益推移を表にしたもの。 画像参照: https://www.statista.com/chart/13710/apple-revenue-by-product-group/

つまりAppleとしては、もはやiPhoneやiPadといったハードウェアだけに頼っている場合ではないのです。しかも今回発表されたものは、Apple PayやApple Musicのような「自社のハードを売るためのサービス」だけではありません。Apple TV+に関しては、Apple製品以外、すなわちSamsungやソニーのスマートTVや、Fire TVスティックにも対応すると謳われています。今までのAppleでは見られなかったような、サービスの外部ハードへの展開が積極的に進められているのです。ハードウェアメインではなく、「場」としてのプラットフォームの提供に舵を切ったという点で、今回の発表は一つのターニングポイントとなり得るでしょう。

画像参照: https://www.apple.com/jp/newsroom/2019/03/apple-unveils-apple-tv-plus-the-new-home-for-the-worlds-most-creative-storytellers/

 

Googleに対抗してマーケターには優しくない会社に?ユーザーデータ保護の方針を強調。

今回の発表に対して、実は海外のデジタルマーケターの反応はそれほど好ましいものではありません。「マーケターに優しくない」(marketer-unfrinedly)とも言われています。それは一体どうしてでしょうか。

Apple News+は300もの雑誌を読めるサービスとして紹介されていましたが、購読中に広告が表示されないことが強調されていました。Apple TV+も同様です。Netflixなど同じサブスクリプションモデルの競合も同じ方針を取っていますが、広告付きの無料動画配信サービスも拡大しており、Netflixさえも動画の合間に広告動画を流すテストを行なっている中で、この方針をはっきりとアピールしているのは一つの特徴といえます。

さらに、ユーザーデータ保護のポリシーに重点を置いている点も特筆すべきポイントでしょう。Apple News+はユーザーの購読履歴に合わせたおすすめ記事の表示を行うことができるとされていますが、プライバシーを保護しながらパーソナライゼーションを行うメカニズムの説明も合わせてされていました。すなわち、Appleがサーバー経由でユーザーデータを取得してからおすすめを送信するのではなく、あくまでも端末に蓄積された閲覧データに基づいて記事のおすすめを表示させるため、個人の閲覧履歴などが端末の外から漏れることはない、というのです。AppleのCEO、Tim Cookが言う通り、絶対に「読者が何を読んでいるかを知ることはできなくなる」訳です。ユーザーに紐付いたデータ収集が不可能なので、ターゲティングに基づくマーケティングはできなくなります。

「Appleは広告主にユーザーをトラッキングさせない」 画像参照: https://marketingland.com/apples-big-service-launches-hold-few-opportunities-for-marketers-258864?

 

また、Apple Cardに関しても、買ったものや購入場所、金額などを記録しない設計になっていると説明されています。支払いの記録や分類といった機能はAppleのサーバー上で処理するわけではなく、端末上の処理によって行うのです。「Appleが何を買ったか知ることはできない。どこで買ったかも、いくら払ったのかも」とApple PayのJennifer Bailey氏は説明しています。

よって、提携先のマスターカード、ゴールドマンサックスもそのデータを保持することはなく、サードパーティーがユーザー情報に基づいてターゲティングを行うことも不可能だということになります。カード番号やセキュリティコードなどが一切刻まれていないカード自体のシンプルなデザインも、プライバシー保護のための一策でしょう。反面、決済の際に毎回Face IDかTouch IDによる認証が要求されるという手間はありますが。

Apple CardのHPでは大々的に高いレベルのプライバシー保護を謳っている。 画像参照: https://www.apple.com/apple-card/security-privacy/

ちなみに、今年の3月から本国アメリカで公開されているAppleのCMも、「Privacy. That’s iPhone」というシンプルなメッセージを強調したものとなっており、ユーザーデータの保護機能により自社製品・サービスのブランディングを行おうとしていることは明らかです。

Tim Cook CEOはこうしたプライバシーへの取り組みに関して、「他社とは違ったアプローチを取っている」点を強調していました。この「他社」という発言の裏にあるのはGoogle、そしてFacebookへの対抗意識でしょう。モバイルのシェアをAppleと二分するGoogleのビジネスモデルは、ユーザーのデータ収集と広告収益に支えられている部分が大きいからです。Facebookは元々はGoogleと近い方針でしたが、今回のAppleの発表に先んじて、プライバシー重視へと方向転換することを発表したばかりです。その流れに乗りAppleは、モバイルのファーストパーティとしてサードパーティの侵入を許さない方向に舵を切り始めたと言えるでしょう。よって、今後のデジタルマーケティングの中で、マーケターが介入できる余地は減ってしまうかもしれません。

 

Appleはサブスクリプションサービスの競合、NetflixとAmazonに勝てるのか?

Appleが今回発表したサービスは、ほとんどがサブスクリプションのサービスです。中でも、今回NetflixとAmazonという二大プレイヤーが存在する動画の視聴サービスに、Apple TV+という形で正式参入を発表したことのインパクトは大きいでしょう。以前から動画のサブスクリプションサービスの開始は噂されており、昨年末にNetflixがiOSアプリからの定期課金システムを終了するNetflixの最高コンテンツ責任者テッド・サランドスが参入が遅れたAppleなどの競合を揶揄する、といった形で、競合との全面戦争に突入する空気は以前からありました。動画のサブスクリプションサービスは活況を呈しており、今年後半にはディズニーの動画配信サービスDisney+もスタートする予定です。こうした状況の中で、Appleはどのようにして戦おうとしているのでしょうか。

まず一つの柱は、Apple TV+において、「ほかでは観られない」オリジナルコンテンツの配信を前面に押し出している点でしょう。すでに競合相手のNetflixはオリジナルコンテンツが充実しており、既存コンテンツの公開がメインのAmazonも、『ロード・オブ・ザ・リング』の新テレビシリーズ化に投じた莫大な予算が報じられるなど、今後はオリジナルコンテンツを中心に他社と戦おうとする意思は明らかです。Appleもこれらと同じ方針を取ろうとしていると言えるでしょう。

また、Apple TV+と同時にApple TV Channelも発表しましたが、これはApple TVアプリを通して、米国のケーブルテレビなど有料チャンネルを定期購読できるサービスです。これは2015年にすでにローンチされたAmazon Primeビデオとほぼ同じ機能だと考えて良いでしょう。そして、購読するための値段も1チャンネル辺りPrimeビデオと同額ほどになると予測されています。

このように、告知されているサービスの面では競合との差異はほとんど見られません。しかし、Amazon PrimeにあってApple TV+には持ち得ないとされている特徴が存在します。それは何でしょうか。

Amazon Prime最大の特徴は、コンテンツの量が1万2000本を超えるほど豊富な点です。Apple TV+は版権コンテンツを含めても、そこまでの量を持ち得ないと言われています。オリジナルコンテンツの多いNetflixの場合も、結局全体の視聴数が多いのは「フレンズ」などの海外ドラマの再放送です。これまでの姿勢から見て、Appleはあまり既存コンテンツの権利獲得などに積極的ではないと見られており、その点が競合と戦う上で一つの障害になると予測できます。

しかし、Appleの最大の強みはやはりハードウェアの普及数。合計14億台に達するiOS端末を全てコントロール可能なのです。全端末のうちの10%が登録するだけで、簡単にNetflix、Amazon Primeの会員数を追い抜くことができます。特別なマーケティングキャンペーンをすることなく、ただAppleからプッシュ通知を送るだけで新規会員獲得が可能であるという点だけで、Appleは競合に対抗できる見込みが十分あると言えるでしょう。

 

以上、先週の公式発表から見出だせるメッセージを読み解き、Appleの今後の展開を予測してみました。新型iPhoneや新OSの発表などはありませんでしたが、Appleの今後だけではなく、これからのデジタルマーケティングの展開を占う上で、非常に重要な発表であったことは間違いありません。